2012年02月29日

2月29日

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晴れ。暖かくいいお天気の一日。

お久しぶりです。帰ってきた海老原です。いったいどこが私の帰る家なのか、もうほとんどわからなくなっています。もう帰るべき家がない気もします。複雑な心境です。

本日は朝一で名古屋学院大学ボランティアが5名到着。さっそくオリエンを行い、続いて足湯講習。お昼から社協主宰のイベントに足湯隊を引き連れて参加です。5名のうち3名が足湯で残りの二人はセンター業務。

 名古屋のみなさんから遅れること30分で東京より田中さんが到着。東京マルチン教会の方で今回は一ヶ月間の働きになります。幼児学園の調理スタッフの助っ人です。

 私は午前中にボランティア受け入れ、幼児学園で打ち合わせなど。午後は田中さんの住居となる栗林仮設に行き受け入れ準備、それから名古屋チームの視察、また園で打ち合わせ。そんな一日です。

 センターは田中さんと名古屋学院大学の学生2名が担いました。ちょっと濃い目の常連さんに若者は可愛がってもらいました。足湯隊もよい働きができたようです。

 名古屋の5人は被災地初体験です。緊張した面持ちがいいですね。

本日の来訪者は13名。私はまだ調子がでません。

 

釜石被災者支援センター 海老原祐治

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ともに生き、ともに歩む〜岩本直美さんのお話2〜

岩本直美さんのお話のつづき。

「どうやって一緒に暮らすことが可能なのですか?」と聞かれます。
メンバーは全員、イスラム教徒。アシスタントは半分がキリスト教徒、
半分がイスラム教徒です。バングラでは、歴史上、イスラム教徒たちが
少数民族のキリスト教徒の土地を奪ったり、家を焼いたりということがありました。
今も、対等な権利は与えられていません。
そういう背景なので、
コミュニティで初めて出会い、一緒に暮らすことが可能なのか、
聞かれるのです。

ラルシュでは、朝夕の共同の祈りが生活の中心となっています。
そういうときに、どうやって祈るのか。
わたしたちは常に話合いの場を設けるのです。
相手の人が何を大事にしたいと思っているのか、何を尊いと感じているのかを
理解しようと努力します。
そして、自分にとって何が一番大事に思うことなのかをきちんと伝えて、
そういう中から、一緒に祈る道を模索し、暮らしています。

ジャン・ヴァニエは「わたしは多くの宗教の中心にすべての人を自由へと導き、その人自身へと
成長していけるようにという、深い望みがあると信じている」と仰っています。
わたしもイスラム教徒の人たちと一緒に暮らす中で、はっとするような、
似たものを発見することがあります。

コミュニティでは、アシスタントのためのリトリートを行います。
そのときに、イスラム教の指導者と、キリスト教の指導者、両方に来ていただきます。
そうして、同じテーマで話しをしてもらうのですね。
許し」「信頼」「誠実さ」、そういったテーマで、コーランから、
あるいは聖書から、
お話しをお願いするのですが、本当に大事なことは、
似ているなって思うことが多いのです。

わたし自身は、どういう状況であっても「ともに生きる」とは、「選び」の問題だと思っています。
選択すること。自分とは違う人をどのようにして受け入れるのか、生きることの選び、
そして、ひとつの決心だと思うのです
そして差異に目を向けるのではなく、
似たものを自分の中に発見していくこと。

(具体的な何人かの人々の物語の紹介のあとで、あるお墓の写真を映しながら)
どうしようもない現実があります。そんなとき、私はこのお墓に行きます。
これはメリノール会の神父さんのお墓でダグラス神父という方のものです。

神父さんは本当に慎ましく生活された方で、バングラに生きる人びとと共に在った方でした。
バンコクで白血病にかかったのが判明し、帰国後、2週間で亡くなりました
死ぬときも、「自分を埋葬するときは、お金を使わないでください。
貧しいイスラム教徒のように、布にだけ包んで葬ってくれたらいい」と仰いました。
葬儀ではそのようにされ、葬られるとき、司教さまは、どんなにこの神父さんが、
バングラデシュの人びとと、
ともに生きたかを知っておられたので、
「どうぞコーランの祈りを唱えてやってください」と仰ったのです。
そして、たくさんの花が手向けられ、バングラデシュの人々の、
コーランの祈りとともに埋葬されたのです。

ジャン・バニエは、
「平和と一致の働きために、長く誠実でありつづけるには、
わたしたちは苦しみの中にある人の傍にとどまり続けること、
そして痛みのある状況の内にとどまりつづけることを学ばなくてはなりません」と言っています。

本日わたしが分かち合いをした人びとは、バングラデシュの社会の中では、
価値をおかれていない人たちです。しかし、本当はそうではありません。
彼らの姿を通して、わたしは多くのことに気付かされ、発見し、学んでいます。

終りに、
「わたしたちは新しい文化を創造しているのです。だれであっても、宗教や国籍や、
障がいのあるなしに関わらず、異なった人々が生きていける、小さなしるしとして。

すべての人に場所がある、そういう文化を創造しているのです」

というジャン・バニエのこの言葉を、
この釜石地域の支援者のみなさんに贈り、 お話しを終えたいと思います。
ありがとうございました。 

P1000543.JPG

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ともに生き、ともに歩む〜岩本直美さんのお話1〜

わたしたちは新しい文化を創造しているのです。
だれであっても、宗教や国籍や、障害のあるなしに関わらず、異なった人々が生きていける
小さなしるしとして。すべての人に場所がある、そういう文化を創造しているのです
                                   ージャン・バニエの言葉ー

JOCS(日本基督教海外医療協力会)からの派遣ワーカー、

岩本直美さんのお話の内容は以下のとおり。テーマは「ともに生き、ともに歩む」。

たくさんの写真をプロジェクターで映しながら、お話しを伺いました。

バングラデシュと釜石というまったく異なる状況の中においても、共存するという点では、

いくつもの共通点を、お話しの中から発見することができ、とてもよかったです。

岩本さんはお話しを始められる前に、次のようなベンガル語の歌を紹介してくださいました。

聖歌集561番なのですが、ベンガル語の歌詞は、聖歌集に載っているものと、

意味が少し変わるようです。

〜ベンガル語の歌の意味〜
♪平和 平和 平和 よろこびにあふれ、
あなたをたたえる あなたこそわたしの命♪

岩本さんのお話(一部省略)

わたしたちのコミュニティでは、イスラム教徒、キリスト教徒、ヒンズー教徒、
さまざまな宗教の人がいますが、どの宗教の人でも、心から賛美することができる歌に
したいということでこの歌が歌われ、日々の祈りを共にしています。

(バングラデシュは)インドの右端に位置し、国土は日本の4割弱で、
1億6000万人の人がひしめくように、生活しています。
9割がイスラム教徒であり、ベンガル語が母語の国です。

ジャン・バニエは、ラルシュ共同体の創設者で、
ラルシュは知的障がい者とアシスタントとが、ともに暮らし生活する人びとの共同体です。
彼は「平和のために何ができるのだろう」という問いかけが常にあり、
その後、霊的指導者であったトマス神父と出会いをきっかけに、ラルシュを創設しました。
今では、40カ国150のコミュニティが世界中にあります。

バングラデシュのラルシュ共同体は、テゼのブラザーたちによって始められました。
バングラデシュのテゼ共同体では、
対立する人々の和解と一致を求めて、人びと関わりながら、
働いていました。テゼのブラザー・フランクは、20年以上もの間、ラルシュ共同体が、
バングラデシュに必要だと考えていました。超高度経済成長の中で、大きな病院などの施設もでき、
専門家たちも流入しているけれど、知的な障害を持つ人たちが、ありのままで受け入れられ、
その尊厳が認められる、
コミュニティが必要だと思ったのです。
そうして、2002年に家を借り、2人の男の子を迎え、わたしたちのコミュニティは始まりました。

知的障がいというのは、治療や薬で治るものではなく、生涯、そのハンディをもって、
生きなくてはなりません。
わたしたちは今、20名の方とともに生活しています。
そのほとんどが親から捨てられた子どもたちで、コミュニティの中心となるという意味で、
コアメンバーと呼んでいます。その他、周辺
地域からも30名近くが通っています。
またコアメンバーと共に暮らしたいという、若い青年男女も一緒に生活しており、
わたしたちはアシスタントと呼んでいます。彼らの生き方をアシストするという意味で、
アシスタントと呼んでいるのです。

『ともに生き、ともに歩む〜岩本直美さんのお話2〜』につづく。

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2012年02月28日

2月28日

2月28日

快晴。マイナスの温度で寒い日。

本日は、社会福祉協議会主催の講演会の後、足湯コラボ。

遠野にお住まいのご夫婦と、ハルママというメンバー。

およそ30名弱という講演会参加者の中で、8名の方にゆったりとくつろいでいただきました。

 

いつもは仮設の談話室での足湯が、本日は福祉施設での足湯ですから、

水場の確認、湯沸し場所、足湯空間の配置など、新しく確認する事項がたくさんでした。

中でも、足湯をする場所は、その心がけとして、ひっそりとした場所を選びます。

人の出入りが少なく、空気があまり動かない場所。居心地のよいところ。落ち着いたところ。

そういう場所をうまく見つけ出して、その向きや、距離も考えながら、椅子を設置するのです。

そんなちょっとした心がけが、ゆったりとした空間をうみだし、そこで交わされる会話が

意味を持つようになるのです。

 

本日行った、森の中にある福祉施設の玄関口から見える、

高い山の景色がとても美しかった。山頂は雪化粧。快晴の澄んだ空とのコントラストが素晴らしく、

どこか山奥の温泉旅館にいるようでした。空気も冷たく、清涼感たっぷり。

岩手の景色は、どこも本当に美しいです。

 

本日の来訪者は18名。たくさんの人がきました。

そういうときは、セルフでみなさん、コーヒーを入れるようです。

池田先生、お疲れ様でした。

 

日本聖公会(釜石神愛教会・神愛幼児学園)釜石被災者支援センター 向井清子

 

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2012年02月27日

2月27日

2月27日

快晴。ときどき雪。空気の冷たい日。

本日は、上中島仮設での足湯&お茶プログラムの日。

名古屋学院大の学生さんたち、海老原さんが母のように慕う太田さんが、

昨日離釜で、きょうは、ひとりもボランティアがいません。どうしましょう。

しかし、足湯ならできる&したい!という人は、少しずつですが、周りに増えているのです。

 

本日は、おとなり遠野から池田先生の旧知の方がご夫婦でいらしてくださり、

足湯を手伝ってくださいました。奥様は、遠野まごころネットでの、足湯ボラの体験者。

とは言え、ここでの足湯講習は聖書朗読からはじまりますので、その部分においては、

講習をいたしました(ご夫婦はキリスト者です)。

たまたま近くにあった聖書を手に取ったら新改訳で、ヨハネ13章を読むとき、

いつもと違うので不思議な感じがしました。

司祭さまや、牧師先生を前にして、えらそうに足湯と洗足の講釈を垂れるのが、

わたしなのです。すみません。まあ、大斎節ですからねえ。

 

その他には、新生釜石教会から信吾さん。午後からは、心強い助っ人看護士ハルママ。

少しずつ地元からの足湯隊が釜石ベースで編成されつつあります。

地元からはじまる支援を実現するのは、なんだか難しそうで、わたしの中では淡い期待であり、

まだまだ時間がかかるかなと思っていたのですが、気がつけば何気なく目の前で実現しており、びっくりです。

 

また、別の仮設に住んでおられ、うつ病を患う知人の女性は、

今日は調子が良かったのか、上中島仮設までわざわざ出向いて、足湯を体験されました。

以前、その方のご主人にわたしが足湯をさせて頂き、そこから評判を聞いて来られたのです。

調子の悪い時には、部屋の外に出られず、家にこもっているとのことで、私も気にかけていた方です。

今日は本当にくつろいで、足湯を体験してくださいました。

その彼女が、今度は支援者としても足湯をやってみたい、と言ってくださったのです。

無理をしない程度にお手伝い頂き、彼女にとっても、気分転換の機会となってくれれば幸いです。

また、ひとり地元からの支援者が増えそうです。

 

本日は、途中雪が降りましたが、大筋天気がよく、

また仮設談話室への訪れも多く、活気があった一日でした。

センターにもたくさんの方が来られたようです。池田先生、お疲れさまでした。

 

センター来訪者は、14名。自分でつくったジャガイモを持ってきてくださった利用者に感謝。

日本聖公会(釜石神愛教会・神愛幼児学園)釜石被災者支援センター 向井清子

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2012年02月25日

2月25日

2月25日

大雪。昨日、春の日差しと書いたのに、きょうは大雪。移ろいやすい天気です。

P1000548.JPG

仮設前の山の景色。こんな大雪。

 

本日は、野田第2仮設の雛飾りのお手伝いとお茶っこサロン。

人数が多く、人手が今日はたくさんあったので、

雪かき+座布団予約とり&アンケート聴取。いろいろやりました。

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企業から提供された昭和の雛飾りを、自治会のメンバー中心に飾り付けます。

この仮設の談話室は、通常の仮設住宅を改装して、談話室としたものです。

談話室の設計は当初からされておらず、 集会所が必要だという 自治会の主張によって、

談話室がようやく最近できたばかりなのでした。

 

最初は、まだ慣れない協働作業に戸惑いを見せながらも、

少しずつお雛さまが飾られていきます。

お雛様も完成するころには、部屋も明るく華やいで、みんな楽しそうな雰囲気に。

仮設談話室には、午前中10名、午後13名の方が来られて、大盛況でした。

談話室設置のカラオケも利用して、マイクで歌を歌う人たちの楽しそうなこと!

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太田さんに甘酒を作って頂き、みなさんにお出ししたら、とても好評でした。

特に雪かきをした後の仮設の住人たちにとっては、温かく美味しかったようです。 

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名古屋学院大学の学生さんたちは、本日が最後のワーク。

分かち合いの中では、「人生でもっとも素晴らしい5日間だった。」と分かち合ってくださった方もいました。

雪が朝から晩まで、ひっきりなしに降り止まぬ中、学生さんたちは、そんな中でも喜んで働いてくださいました。

小さな歩みの働きも、何が真実に、このセンターとそこに繋がる人々の間に起きているのかは、

ここでの体験を通して分かち合われ、聖霊の働きによって十分に語られることでしょう。主の平和。

 

本日のセンター来訪者は、雪のため少なく3名。

日本聖公会(釜石神愛教会・神愛幼児学園)釜石被災者支援センター 向井清子

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