2012年07月06日

7月5日

75

 

雨のち曇り、また夕方から雨。

 

 朝から雨です。本日はオーストラリアチームを率いて個別訪問の予定でしたが、あいにくのお天気。オージーたちもお疲れモードなので午前のワークはお休みに。でも我々の業務には休みはありません。八幡さんは明日の談話室プログラムの準備で買い出し。私はクリーンセンターに段ボールやゴミの搬入と平田の仮設で打ち合わせ。

 午後になってお天気も回復。お届けする物資(リンゴジュース・JFSの飴・コーヒー・ポーロさんのエンジェル)をセットして、野田西仮設へ。オージーによる戸別訪問です。トランスレーターの八幡さんと熊坂先生のチームに分かれて、配布をかねての訪問。さすがにオージーたちはどこに行っても人気です。オーストラリアから来たと聞いただけで涙を流して喜ぶ方も。今日も素敵な出会いがありました。

 ある方が「談話室には行きづらくて」と言っていました。このような方はどの仮設にも結構います。このような方との出合ってお話しするのが戸別訪問の目的です。地道な活動ですが我々の重要なミッションなのです。

 センターは沢田さんが担いました。大槌町から久しぶりの方もお訪ねくださっていました。しばらくお顔が見えなかった方がお越しくださると嬉しいですね。

 さあこれから20名分の夕食を作ります。どうなってしまうのか。

本日の来訪者は9名。

 

釜石被災者支援センター 海老原祐治



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7月4日

74() 快晴

 

今日はピンチヒッターで又私が登場します。センスのない文章をお許しください。

今日は湿度が高く気温も高かったので、やや体力を消耗する一日でした。

午前中はお寺の経営している正福寺(しょうふくじ)幼稚園でオーストラリアの青年による歌とダンスを子供と楽しむ会を開催した。昨日・一昨日の保育園とは異なり年齢がやや高かったので園児の対応が良かったように感じた。英語の歌に合わせて元気に踊る姿はとてもほほえましかった。園児は約80

午後一番で東京教区聖職須賀司祭が離釜。一週間ご苦労さんでした。

午後は通称昭和園(正式名は中妻仮設で元野球場)で被災者の皆様と一緒にオーストラリアについて学び(人種、地理、気候、宗教、彼らの住んでいる所、その他)、青年によるダンスと歌を楽しんだ。その後は持参したケーキを持ち込んでお茶っこ。参加者は約20名、オーストラリアに関して質問が活発にあり、青年たちも質問があった事について満足していた。

この仮設の責任者の話ではここは自己管理が許されている。入居者は津波から命からがらのがれてきた人が多く、すべてを失っている。一人の婦人は元鵜住居(うのすまい)の住人で、駅のすぐ近くに住んでいた。駅近くには一階がお店で二階が住居が道路の両側あったそうですが、今はまったく何も存在していません。住人はまさか防波堤を超えて津波がここまで来るとは思っていなかったので、亡くなった方が多いようです。しかも不明者がまだまだまだ多い地区。

園児と高齢者との交わりで忙しい一日でした。青年たちは恐らく疲れのピークではないでしょうか。彼らのエネルギーは素晴らしく、被災者のかたがたは若者からこのエネルギーを貰ったととても喜んでおられたようです。

 

八幡眞也

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2012年07月03日

7月3日

73

曇り。ちょっと蒸し暑かった一日。

 オーストラリアチームもワーク二日目。本日は午前が釜石保育園、午後が上中島仮設での交流会。プログラムの内容も練れてきて、釜石保育園は大盛り上がりでした。ありがたいことに我々へのプレゼントまで用意くださり、オージーたちは超感動。一生の宝物にするそうです。よい交流ができました。釜石保育園のお友達・先生方、ありがとうございました。

 午後は上中島です。今度は高齢者が中心。それでも30名近くが集まり、楽しい交流のひと時をもちました。歌と踊りを披露して、一緒に踊り、それからお茶っこです。言葉の壁はあったようですが、笑顔がこころをつなげたようです。遠くから自分たちを憶えて誰かが訪ねてくることがなによりも重要なことなのです。

 

 午後から私は土曜日に予定されているミュージカルの準備。ポスターを張らせてもらったり、チラシ配布のお願いをしたりで5か所の仮設を回りました。一つお願い事をしにいくと、二つ三つ頼まれ事を預かってくるのが我々の宿命です。わたくしの細い肩には乗りきらないわ。

 センターは須賀先生がお守りくださいました。今日は先生いわく「暇な喫茶店のマスターみたいだった」そうです。それでもこんな日はゆっくりお話しができるいい機会でもあります。それにしても今回は須賀先生に抱っこにおんぶ状態。ごはんを毎日作ってもらってます。明日お帰りなったらどうなってしまうのでしょうか。

本日の来訪者は11

 

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日本聖公会 釜石被災者支援センター 海老原祐治

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2012年07月02日

7月1日&2日

7月1日

雨。しとしと降り続いた一日。

 センターは午前だけお休み。午後からオープンでした。本来なら主日聖餐式の日なのですが、今日はお休みしました。

 私は午前中に報告書作成などデスクワーク。それから遠野まで買い物へ。センターのワンボックスカーに車内用のマイクとスピーカーを取り付けたかったのですが、手ごろなものがありませんでした。視察のときにあると助かるのです。気が小さくて声も小さい私にはワンボックスカーに響きわたる声を2時間出し続けるのがつらい日があるのですわ。結局マイクとスピーカーが別になっている拡声器を探しましたが、これもありません。困ったわ。でも幼児学園にありました。お借りできることに。

 センターは午後からオープン。須賀先生がお担ってくださいました。ご苦労さまでした。私は4時前に戻り、オーストラリア聖公会リベリナ教区青年ボランティアキャンプの受け入れ準備。もうすぐ到着です。一切英語を話さないつもりです。(話せない)着いたらオリエン、夕食(外食の予定)、リベリナの青年と簡単なミサ、就寝の予定です。

本日の来訪者は8名。

 

日本聖公会 釜石被災者支援センター 海老原祐治

 

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7月2日

曇り。ちょっと肌寒かった一日。

やってきました。オージーたちが。英語です。しかも声が大きいです。でもみんないい若者です。

今日は忙しい一日でした。まず月曜ですから談話室プログラムがある日です。午前の野田ではピザ作りにチャレンジしました。大変美味しくできたそうです。住民の方々が共同作業でお菓子や料理を作ることを続けていますが、コミュニティービルドにはよいプログラムのようです。午後の上中島はいつもの体操プログラム。健康第一です。チームAは八幡さんと須賀先生が担当でした。八幡さんのピザは美味しかったです。

チームKはオーストラリアリベリナチーム。私とともに神愛幼児学園で交流会。楽しい歌や踊りの披露があり、絵本の朗読があり、最後は輪になって踊りました。楽しい時間になってよかったです。午後はそのまま視察へ。唐丹湾では大漁旗を掲げた漁船に感動し、その後ろの防波堤が壊されている景色に気づきショックを受けたオージーたち。いろいろ感じているようです。

センターはチームBが担当でした。メンバーは沢田さん。今日もしっかりとセンターを守ってくださいました。ご苦労様でした。

私は夕方から週末のイベント関係の準備など。なんか忙しいです。頑張らなければ。明日も交流会が続きます。

 

本日の来訪者は20名。

 

釜石被災者支援センター 海老原祐治

 

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2012年07月01日

6月29日&30日

6月29日&30日

晴れ。風がないせいか、発表の25度より暑く感じた一日。

 

 みなさんお久しぶりです。帰ってきた海老原です。昨日に無事職場復帰をはたしました。都合10日間も釜石を離れたには初めてでした。今回は引っ越しなどの身辺整理と所用の札幌でしたが、疲れ果てての帰釜になりました。戻る日は朝から珍しく頭痛に悩まされ、不安な道中でしたが、釜石の駅に降り立ち釜石の空気を吸ったとたんに頭痛もどこかへ消えてしまうのです。不思議ですよね。

 

 29日は談話室プログラムに一日です。私の留守中も八幡さんがお守りくださいました。その流れで午前の大畑、午後の松倉も行ってもらいました。午前がパンケーキをみんなで作る会、午後は李先生の「簡単な韓国語講座」です。どぢらも好評だったそうです。李先生・八幡さん、ご苦労さまでした。

 この日の私は、まず幼児学園に帰釜あいさつと諸々の打つ合わせ、大畑仮設でやはり打つ合わせ、午前はそんなところ。釜天たちも大畑の皆さんもやさしく迎えてくださいました。感謝。

 

 午後は急遽医者へ。札幌を離れる前日ですが、予定が早く終わったのでレンタカーを飛ばして日本海が一望できる大好きだった温泉に。ちょうど夕日が沈むタイミングでしたので、湯船を出て夕日鑑賞をしていたら複数個所やぶ蚊に刺されました。それが異常に腫れ上がって、おまたのリンパ節まで腫れ上がり、痛くて座れない状況に。仕方なくお医者さんに行ったのですが、ここで人生初の点滴を受けることに。おかげで腫れも少しひき、大分楽になりました。ご心配とご迷惑を掛けました。

 そんなこんなで夜は外食。大好きな工藤食堂でかつ丼とラーメンのセットをみんなで食べました。おいしかった。

 センターは仙台の千葉さんと東京教区司祭であられる須賀先生が担ってくださいました。

それから県内ボランティアである小林さんが午後一で離釜。ご苦労様でした。

 

センター来訪者は13名。

 

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 本日は基本センター業務オンリーの一日。八幡さんは今日と明日はお休み。私は一旦7時前に出勤後、通院。その間に李先生・千葉さんが離釜。今回も李先生にはお世話になりました。ありがとうございました。

 

 私はほぼ一日気合いを入れてデスクワーク。溜まっていたメールの処理、作成しなくてはいけない文章や書類の製作、来週行われるイベントの仕込みなど。夕方になって3仮設と幼児学園で打ち合わせ。みなさんそれぞれ勝手に「太った」だの「少しやせた?」だの「若返った」だの好きなことをいいます。面白いものです。

 

 センターは須賀先生がお守りくださいました。今日は静かにゆっくりと時間が流れたセンターでした。お疲れさまでした。

 週明けに書類を市役所の提出すれば、私もいよいよ釜石市民です。そのことを会った方々に伝えると、みなさん喜んでくださいました。感謝です。これで私も「お釜入り」立派なお釜ちゃん」です。これから言葉づかいに気をつけなくては。では今夜はこのへんで失礼するわよ。

 

本日の来訪者は8名よ。

 

釜石被災者支援センター 海老原祐治 源氏名は「エビコ・プチデラックス」

 

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