2012年07月14日

7月14日

714() 曇り

センターを頼さんにお任せして(ただし我々の出発直前に地元ボランティのSさんが来てお手伝い下さった)、一花、飯田、私の3名は栗林仮設へ座布団予約で前2回の訪問の際にお留守であったところを訪問。約半分のお宅から予約を受けたが、まだ留守宅が残った。再度午後訪問することにして一旦戻る。その途中に社会科見学として釜石市が現在世界遺産登録を考慮している橋野高炉跡を視察した。約160年前に近代製鉄高炉が作られた所であり、歴史的である。

午後も頼さんとSさんにセンター業務をお願いして、栗林仮設を再度訪問した。留守宅を全部回ったが、全て連絡出来なかった。残念。

今日のセンター訪問は8名でした。

北海道教区の内海司祭は一日神愛幼児学園の引っ越しのお手伝い。今日一日で引っ越しは完了。ご苦労さんでした。

一花さんは今晩の夜行バスでお帰りです。これもご苦労さんでした。

 

八幡眞也



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7月13日

713()

海老原さんが金曜日・土曜日とお休みの為、又、私がピンチヒッターで登場です。

日中はとても暑かったです。湿度も高く過ごしにくい一日でした。

センターの訪問者は4名ととても少なかったですが、恒例の金曜日のプログラムでとても忙しかったです。

センターは午前中は北海道教区内海司祭にお任せして、一花さん、頼さん、私の3名で大畑東仮設でパッチワーク。何時ものように地元のI先生が指導してくださいました。ありがとうございます。とはいうものの実際は小さな布切れを使って鳥のフクロウ作りで、仮設のお一人の方が主に指導して下さり、他のメンバーも慣れていて一つ約30分で制作完了。途中で一時休憩し、持参した手作りケーキとコーヒーでお茶っこ。仮設の方々と楽しい時間を持ちました。

午後松倉B仮設に行く直前に東京から飯田さんが新幹線と釜石線利用で到着。内海司祭にお世話をお願いして松倉Bへ上記3名は出発。同じころに地元ボランティアのSが来て下さいました。このように人材が手薄の際はIさんのお手伝いはとても助かります。松倉Bは一花・頼チームで関西風(自称?)お好み焼きをみんなで作り楽しみました。仮設の参加者7名と連絡員1名、我々3名で合計11名。

センターに戻り次第飯田さんの釜石ボランティアのオリエンテーションをしそのあと一花さんにご一緒して頂き現地の視察をしました。

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日本聖公会 釜石被災者支援センター 八幡眞也

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